▲尹錫悦大統領は8月1日に主催した国務会議(閣議に相当)で、LHマンションの大量鉄筋漏れ問題に言及しつつ「いずれもわれわれの政権発足前に設計のミス、不正施工、不正監理が行われた」と発言した。/写真=大統領室

 文在寅(ムン・ジェイン)政権の「他人のせい」主張は別格だった。不利な事件が起きるたび他人に責任を押し付け、自己合理化で5年を過ごした。経済の悪化は米中紛争が原因で、庶民経済の苦痛は財閥の横暴が問題だとした。所得主導成長をやりたいと言っていて雇用が崩壊すると「人口構造のせい」「統計のせい」にして、「野党のせい」「メディアのせい」、果ては何の関係もないはずの「天気のせい」にまでした。新型コロナ問題が起きると、今度はウイルスのせいにして経済沈滞の責任を回避しようとした。

 そんな中でもひどかったのが「保守政権のせい」だった。成長率の墜落も、民生悪化も、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クンヘ)政権における政策積弊のせいだとした。水害は4大河川事業のせい、「狂乱住宅価格」は規制撤廃のせいだと言い、20代の政権支持率が低いことすら「保守政権の誤った教育」のせいにした。誤りを指摘されると「朴槿恵のときよりまし」だとか「李明博時代に戻ろうというのか」とひねくれた反論をした。政策の失敗を陣営の論理でねじり、政治的な争いにしてしまうのが特技だった。

 尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の国政モットーは「非正常の正常化」だ。文在寅政権が荒らしていった国政のゆがみを正すことに焦点を合わせている。韓米日協力の復元、対北原則論、所得主導成長の削除、放漫財政の中止、脱原発の破棄、不動産政策の転換、民労総(全国民主労働組合総連盟)改革など、全てそういう種類のものだ。文政権が異常な方向へと追い立てた国の進路を正常な軌道に復帰させることが、先の大統領選挙での「時代精神」だった。尹政権が当然やらねばならない責務だ。

 尹政権は、前任者が積み上げていった失政の残骸の上で発足した。ありとあらゆるところに打ち込まれた政策歪曲(わいきょく)のくぎを引き抜くため、過去を批判的に省察し、これを通して国政の動力を得るのは避けられないことだろう。だが、それが度を越して「無条件の覆し」に映るとしたら、文政権と全く同じ失敗のわなに陥りかねない。残念ながら、今の尹政権はそういう姿に見える。

 尹政権の「前政権のせい」は、文政権にも引けを取らない。国政の各所で前の政権を呼び出し、「反・文在寅」を政策推進のエネルギーにしている。暖房費爆弾で庶民が騒ぐと、産業通商資源部(省に相当。以下同じ)の長官は文政権時代の料金凍結を非難した。不動産詐欺が起こると、国土交通部の長官は文政権の賃貸借3法に言及した。北のミサイル挑発は「文政権の外交惨事のせい」で、「先の政権が国民の税金を根こそぎ集めたので」経済運営が困難になったと主張した。与党からは「われわれは文政権の爆弾除去班」という声まで上がった。

 尹大統領自身、前任者召喚の先頭に立った。政権初期、閣僚候補者を巡る論争が起きると「前政権の閣僚らの中にこれほど立派な人物を見かけたか」と反問し、検察出身者が多数重用されているという指摘が出ると「以前は民弁(民主社会のための弁護士会)出身者で埋め尽くされていたじゃないか」と言った。「報復捜査」批判には「民主党政権当時はやらなかったのか」と反論し、北の無人機による防空網突破については「文政権で訓練が皆無だった」という理由を挙げた。脱原発を破棄しつつ「過去5年間、ばかみたいなまねをした」と言い、減税を推進しつつ「先の政権では懲罰課税をちょっとやり過ぎていた」と言及した。

 言葉自体は、一つも間違っていない。文政権の親北・親中偏向が外交・安全保障を揺るがし、バラマキの税金主導成長は経済の体質を悪化させた。反市場的不動産規制、エネルギー・ポピュリズム、自害的脱原発が現在も国政に負担を与えているのは間違いない事実だ。しかし、政権が交代してから既に1年3カ月を超えた。当然やらねばならない「非正常の正常化」に前政権を引っ張り込んだ瞬間、陣営問題に変質しかねない。国政歪曲を正す政策問題を政治的攻防の対象へと追いやる、戦略的ミスだ。

 韓国土地住宅公社(LH)のマンションに鉄筋が入っていない問題で、尹大統領はまたも前任者を呼び出した。おろそかな設計・施工・監理は「いずれもわれわれの政権発足前に行われた」として、文政権にその責任を帰した。これは、100%正確な言葉でもない。文政権時代の不正工事のみ摘発されたのは、国土交通部が「2017年以降に」竣工した無梁版構造の駐車場を対象に調査を行ったからだ。歴代のどの政権でも建設不正は常に存在し、文政権がことさら他の政権よりも原因を提供したわけでもないだろう。大統領の「建設カルテル解体」の意思は拍手に値するが、わざわざ前政権の話を持ち出して政治攻防化する必要はなかった。

 2000年に政権を取った米ブッシュ政権は「ABC(Anything But Clinton:クリントンでなければ何でも)政権」と呼ばれた。先のクリントン時代の政策は無条件に覆したという意味だ。尹政権も、そのように映ってしまうことを警戒すべきだ。もし、尹政権が「ABM(Anything But Moon:文在寅でなければ何でも)」のレッテルを貼られることになったら、それは失敗に向かう道だ。

 過去と争うのではなく、尹政権自身の主体を持って「未来」を語ってくれたらと思う。「死んだ文在寅」と戦う理由はない。

朴正薫(パク・チョンフン)論説室長

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