▲イラスト=UTOIMAGE

 さる10月7日、ハマスの奇襲攻撃にイスラエルがなすすべなくやられてしまう様子を見て心配になった韓国国民は多い。北朝鮮がハマス式の奇襲攻撃を敢行したら、韓国軍はきちんと防ぐことができるかどうかについての懸念だ。ガザ地区での事態を契機に、9・19南北軍事合意を巡る論争も苛烈になりつつある。結論から言うと、韓国軍は北朝鮮の長射程砲の脅威を即刻制圧する軍事的力量を備えているものの、情報面での失敗が対応の失敗を招きかねない。イスラエルが遭遇した災厄の本質も、情報面での失敗にある。圧倒的な軍事上の力量を有していても、情報面での失敗を埋め合わせるのは難しい。

 軍事的には、韓国軍が北朝鮮の長射程砲戦力を制圧するのはイスラエル軍(IDF)がハマスを制圧するより容易だ。ハマスは、クモの巣のようにつながった数百キロものガザ地下通路を利用して神出鬼没の活動を展開し、主に民家、幼稚園、病院など民間施設を「盾」としてロケットを発射する。発射位置をIDFが事前に探知するのは困難で、ハマスの掃討やガザ地区占領をやろうと思ったら多数の民間人の死傷は避けられず、イスラエルは国際的な指弾と孤立を招くことになる。

 他方、北朝鮮の場合、全ての長射程砲が地下坑道に配備されており、発射するときは坑道の外の射撃陣地へ移動する。韓国軍は地下坑道と射撃陣地の正確な座標を把握しており、幸いにも、標的の近くに民間人はいない。現在戦力化が進んでいる超精密戦術地対地ミサイル(KTSSM)の配備が完了すれば、一挙に坑道の入り口を破壊して坑道内の北朝鮮砲兵を壊滅させることができる。既に射撃陣地へ出てきた長射程砲は、砲弾の再装てんのために坑道陣地へ戻ることができず、韓国軍の砲撃に無防備にさらされる。技術的には、北朝鮮軍の340門の長射程砲を10分以内に無力化することも不可能ではない。ただし、こうした最良のシナリオは、北朝鮮の全ての核ミサイル基地と長射程砲陣地に対する制約なき監視・偵察が可能で、韓国軍が高度な訓練を通して打撃アセット(軍事資産)の運用に熟達しているという、二つの条件を前提とするものだ。もちろん、北朝鮮が長射程砲で韓国首都圏を砲撃することは全面戦を意味し、核ミサイルを手元に残したままわざわざ長射程砲で全面戦を開始する理由はなく、在来式の砲撃戦が核戦争へと拡大する危険性も排除し得ないが、ここでは在来式の攻撃に局限された状況のみを想定してみた。

 北朝鮮の長射程砲の脅威に対し最も脆弱(ぜいじゃく)な部分は、韓国軍の対北監視偵察(ISR)能力だ。米国は数百基の偵察衛星を運用し、韓国軍と在韓米軍はさまざまな空中偵察アセットを保有しているが、北朝鮮軍の動向をリアルタイムで連続的に探知するのは不可能で、探知の頻度を増やして情報失敗の可能性を減らせるのみにとどまる。対北ISR能力を画期的に増強してもまだ足りないところに、これをむしろ悪化させたのが、まさに2018年の「9・19南北軍事合意書」だ。この合意書の致命的な毒素条項は、軍事境界線を中心に南北それぞれ20-40キロ幅の飛行禁止区域を設定した1条3項だ。一見、平和の維持に役立つと錯覚しやすい美辞麗句に満ちているが、その実体は、対北監視・偵察の死角地帯を広げることによって北朝鮮の奇襲攻撃を容易にしてやるところにある。北朝鮮の長射程砲陣地に対するISR能力は、韓国の偵察アセットの航跡が北上すればするほど増加する反面、南下すればするほど減少し、その分だけ、北朝鮮砲兵が隠密裏に奇襲攻撃を準備する空間も増える。そうすると軍事合意書は、平和に寄与するどころか、北朝鮮が平和破壊を試みる場合に、事前探知を避ける便宜を提供する役割を果たすことになる。

 軍備統制合意の根本目的は、敵対勢力間の緊張を緩和し、武力衝突を防止するところにある。これは、軍事活動の透明性向上と信頼構築を通して可能になる。ところが南北軍事合意は、こうした軍備統制の基本原理に逆行し、北朝鮮の軍事活動の透明性をむしろ低下させるように設計してある点が特異だ。

 北朝鮮は既に合意の趣旨を否定する挑発を行ってきているだけに、韓国政府がこの合意を一方的に順守するのは愚かなことだ。わざわざ破棄もしくは効力停止宣言のような手続きを経る必要はなく、事実上死文化されたものと見なせば済む。

 北朝鮮が非核化を拒否している今の状況で、軍事的信頼構築と敵対行為防止に必要な軍事合意は、飛行禁止区域の設定ではなく、1992年にNATO(北大西洋条約機構)とワルシャワ条約加盟国間で締結された「航空偵察自由化条約(オープンスカイズ条約)」をモデルとした南北間の相互偵察制度の導入だ。また、海上緩衝区域と陸上の軍事訓練禁止区域を撤廃する代わりに大規模な軍事訓練の事前通報と相互参観を認める必要がある。

千英宇(チョン・ヨンウ)元韓国大統領府外交安保首席・韓半島未来フォーラム理事長

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