事件・事故
「私を連れ帰ってくれ」 ダム湖で作業中に幻聴聞いた元救助隊員、水深30メートルの湖底でミイラ化した遺体発見 15年前失踪の男性と判明 /安東
「私を連れ帰ってくれ」――慶尚北道安東市のダムの湖底に潜水した元救助隊員が聞いた幻聴をきっかけとして、15年前から行方不明になっていた男性の遺体が発見された。亡くなった男性からのメッセージだったのだろうか。
【写真】ミイラ化した男性教頭(当時53)の遺体が収容される様子
今年5月19日、慶尚北道安東市城谷洞にある安東ダムの水深30メートルの湖底でミイラ化した男性の遺体が発見され、国立科学捜査研究院がDNA鑑定を行ったところ、2010年8月に行方不明になった安東市内の高校教監(教頭に相当)の男性(当時53)であることが判明した。慶北警察庁は事件性はないと判断した。
遺体発見に決定的な役割を果たしたのは、地元の水難救助隊長ペク・ギュミンさん(55)だった。ペクさんは当時、安東ダム船着場付近の岸から150メートルほど離れた場所に水上構造物を設置する作業を行っていて、誤ってはしごを水中に落とした。ちょうど潜水装備を着用していたペクさんは水深30メートルまで潜り、湖底ではしごを発見した。
ところがペクさんは浮上して作業を再開したところ、再びはしごを落としてしまった。再び潜水していたペクさんは、はしごを探している途中で下半身の一部が泥の中に埋まった遺体を発見した。ペクさんは遺体の周辺を撮影した後、岸に上がって警察に通報した。
警察と消防は2日後、通報があった地点を捜索し、遺体を収容した。遺体はズボンとシャツを着用し、頭や足首など体の一部に損傷があったが、全体としては状態は良好だった。警察は未解決事件の解決に貢献したペク氏に感謝状を授与する予定だ。
ペクさんは「迷信を信じていないが、遺体を発見する前に『おい、私を連れて行ってくれ』という幻聴が繰り返し聞こえた」とした上で、「安いはしごを探すために、なぜ深くて暗く視界も悪い湖底に降りたのか自分でも分からない」と話した。ペクさんは最近、遺体発見地点付近で同僚たちと故人の冥福を祈って黙祷を捧げたということだ。
ペク氏と遺体で発見された男性との縁は今回だけではない。ペクさんは2010年8月、男性が安東ダムで行方不明になった当時、警察・消防以外の民間人として、行方不明者の捜索に1カ月にわたって加わった。遺体で見つかった男性の娘は「15年間待ち続けた父親が見つかったと聞き、涙を流した」と述べた。葬儀が終了後にペクさんに直接会って謝意を伝える意向だ。
ペクさんは2012年に非営利の民間団体として水難救助隊を創設。30人余りの潜水士を擁し、溺れた人を助けたり、行方不明者の遺体を引き揚げたりした事例は数百件に及ぶ。ペクさんは昨年まで手弁当で社団法人の慶北水難救助隊を昨年まで運営してきた。現在は水上安全教育の講師を務めている。
■15年の水中で遺体が損傷しなかった理由
男性の遺体が発見された場所は、水深30メートルで泥が深く、水流もほとんどない。水温は冷蔵室に近い摂氏6度だった。専門家によると、周辺環境によっては遺体が水中で腐敗せず、15年間完全な状態を保つ可能性もあるという。
法医学者は今回発見された遺体について、遺体がミイラのようになる「死蝋(しろう)現象」とみている。「永久死体」とも呼ばれる。
ソウル大医学部のユ・ソンホ法医学教室教授は「遺体が水中で泥や密閉された空間で低温状態で埋まり、空気との接触もなければ、ろうのように変化し、腐敗せずに形態を維持することもある」と話した。
男性が行方不明になったのは、2010年8月17日のことだ。同日午前、安東ダムの船着場近くの駐車場で男性の乗用車が発見された。近くの船着場では男性のネクタイと靴も発見された。警察・消防は男性が足を踏み外したとみて、船着場周辺の水中をくまなく探した。捜索作業は1カ月にわたって続いたが、発見には至らなかった。
安東(慶尚北道)=クォン・グァンスン記者