コラム
大谷翔平とシドニー・スウィーニーがうらやましいと思う人たちへ【朝鮮日報コラム】
本紙の「ピープル&ストーリー」は、文字通り人の人生について書く紙面だ。人事と訃報を除いては、大半が大きなことを成し遂げた人や、ホットな人物を選んで掲載している。特に、野球選手の大谷翔平のような人物を最も歓迎する。野球の実力は言うまでもなく、好感の持てる印象と誰にでも好かれる人柄のおかげで、彼を嫌う人は見当たらない。彼が登場した記事には悪意的な書き込みがほとんど見られない。大谷をスーパースターにしている特徴(能力であれ、外見であれ、努力であれ)は全て生まれつきのものではないだろうか。大谷と平凡な人との格差は遺伝子を除いて説明しにくい。
【写真】義母・加代子さんらと観戦する真美子さん
7月末、米国のジーンズブランド「アメリカン・イーグル」が、女優のシドニー・スウィーニーを起用したジーンズ広告で話題を呼んだ。「シドニー・スウィーニーは立派な遺伝子(genes)を持った」という文句の書かれたジーンズ広告のポスターにスウィーニーが近づき、「genes」を消して「jeans(ジーンズ)」と書き換える。これに加えて「『ジーンズ』は親から譲り受けるもの。時には髪の色、瞳の色、性格までも決定する」とコメントする。遺伝子とジーンズが共に「ジーンズ」という発音からなっていることに掛けた言語遊戯だったが、スウィーニーが青い目に金髪姿の白人であるため、白人遺伝子が優越であることを暗示しているという非難が寄せられた。しかし、この広告を初めて見た時、目に入るのは人種ではなく、強烈な性的魅力や健康さだ。金髪に染めて整形をしてもまねできない、生まれつきのオーラのようなものだ。人の力では勝てない「遺伝子の力」があるということをこの広告は物語っている。生まれつきのものに勝てないということから来る無力感のために腹が立った人がいるのだ。
大谷やスウィーニーのように並外れた人々を紙面に載せながら、7月18日、短い死亡記事に登場した故イ・ドンジンさんがずっと頭から離れない。大谷と同年代の同青年は、世を去る際に、3人に臓器を寄贈した。彼は生まれて9カ月で眼球にがんができ、視力を失った。父親も視覚障害者で、母親はドンジンさんが中学に通っていた頃、心臓弁膜手術を受けて死亡した。そして、ドンジンさんも29歳という若さで脳出血によりこの世を去った。「遺伝子」うんぬんしたスウィーニーに怒りを覚えた人々のように、彼も両親から受け継いだものを恨んだのだろうか。父親のイ・ユソンさんの連絡先を頼りに電話をかけてみた。
父親は「息子の障害が遺伝のようで、これまでずっと悲しかった」と開口一番口にした。父も息子も1歳になる前に視力を失った。それに加えて息子は片方の耳もほとんど聞こえず、脳出血で倒れた際、病院では「血管が狭すぎて見えないほど」と説明した。父親は「息子の目耳鼻口のうち、どれ一つとして正常に機能するものがなかった」とし「悪条件を受け継いで生まれてきた」と語った。
この親子は一生にわたってお互いの顔を知らないまま、一緒に暮らした。その代わり、週末ごとに一緒にサッカーをしながら汗を流した。社会福祉学科を卒業したドンジンさんは福祉機関を転々としながら非正規職として仕事に就き、父親に付いてマッサージ師になった。「ドンジン氏は苦しんでいたか」と尋ねたところ、彼がしばらく沈黙して口を開いた。
「ドンジンは死ぬ数日前にとても幸せだと言いました」「何か特別なことでもあったでしょうか」「お父さんと一緒に通勤して、夕食も一緒に食べられて幸せだというのです。あの子が倒れた日も父母の日(毎年5月8日)だったので、私にマグロ屋で夕食をおごってくれました」「大変なそぶりを見せたくなかったのではないでしょうか」「楽天的なのも私に似ているようです。幼い頃から楽しく生きるようよく話してあげました」「何をすることが好きなのでしょうか」「一生懸命に仕事に打ち込んで、家族と一緒にご飯を食べるのが楽しいんです」
人々は非凡な遺伝子をうらやむため、自分が受け継いだ平凡な遺伝子の力を知らない。平凡な人々は互いに似ていて、それで互いを理解する。イ・ドンジンさんと彼の父親のように。平凡なことがどれほど特別なのか、その日改めて悟った。
ピョン・ヒウォン記者