尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領を巡る内乱事件で19日に無期懲役の一審判決を言い渡したソウル中央地裁は、審理の過程で争点となった「国会議員を本会議場から引きずり出せ」「主な政治家を逮捕しろ」などという尹前大統領の違法な指示を事実と認定した。一連の指示は国会の機能を麻痺させようとする目的の有無を判断する上で重要部分であり、裁判で「警告的な戒厳令だった」との立場を堅持する尹前大統領側は、一貫して「直接指示はしていない」と主張していた。

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 20日に本紙が入手した尹前大統領の1251ページにわたる判決文によれば、尹前大統領の主張が退けられた決定的な要因は洪壮源(ホン・ジャンウォン)元国家情報院第1次長と郭種根(クァク・ジョングン)元特殊戦司令官の証言だったことが浮き彫りとなった。

■「皆捕まえろ」「引きずり出せ」発言を認定

 同地裁は戒厳令当日、尹前大統領が李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表(当時)や韓東勲(ハン・ドンフン)元国民の力代表、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長ら主要政治家14人を狙った「逮捕班」の投入を認識していたと判断した。同地裁は判決文の中で「当夜(午後)10時53分に尹前大統領から電話で『皆捕まえろ』という指示を受けた」という洪壮源氏の証言などを根拠として、「尹前大統領が国家情報院に国軍防諜司令部による(政治家の)逮捕・検挙を支援するよう指示したとみられる」と述べた。

 特に裁判所は裁判の過程で真偽を巡る論争が浮上したいわゆる「洪壮源メモ」について「作成経緯などに関する供述が次々に変わり、信じ難い」としながらも「洪氏が呂寅兄(ヨ・インヒョン)元防諜司令官に逮捕対象者に関する話を伝えたことは認定できる」と判断した。さらに「呂元司令官は金竜顕(キム・ヨンヒョン)元国防部長官から14人の逮捕指示を受けたことを認め、逮捕班のグループチャットには『全チームが李在明・禹元植・韓東勲を逮捕し、拘禁施設へ移送する』というメッセージも発信されていた」と指摘した。

 同地裁はまた、「4日午前0時31分に尹前大統領が電話してきて、『国会の扉を壊して中に入り、内部の人員をつまみ出せ』と言った」とする郭種根元司令官の法廷証言も認定した。同地裁は「郭元司令官の証言は憲法裁判所などで行われた証言と主な部分で一貫しており、直接経験していない人物が証言できないほど具体的だ」とし、「李鎮雨(イ・ジンウ)元首都防衛司令官も同様の視点で尹前大統領から類似する指示を受けた事実が認められる」とした。

■「戒厳令を6回謀議」との主張は認めず

 ただ、同地裁は尹前大統領が2023年10月に戒厳令を敷くことを決意し、合計6回の会合を開き、金竜顕元国防部長官らと謀議を行ったとする特別検察官(特検)の主張はほとんど受け入れなかった。同地裁は「5回は戒厳令とは無関係の集まりとみられる」とした。

 同地裁は具体的に23年12月の大統領官邸での晩餐会や、24年3月から6月にかけて行われた三清洞での集まりで尹前大統領が「非常事態宣言が必要だ」と発言したことは確認できないとした。また。同年4、5月に警護処長公邸とソウル江南地区の飲食店で開かれた会合に尹前大統領は出席せず、8月の官邸での会合では出席者が尹前大統領の戒厳に関する発言を聞いていないと証言し、証拠が不足していると判断した。

 これとは別に、24年10月1日の国軍の日の行事後、大統領官邸での集まりで尹前大統領が韓東勲氏について、「捕まえてこい。 銃で撃ってでも殺すと述べた」とする郭種根元司令官の証言について、同地裁は「郭元司令官は当時かなり酒を飲んでいたようだ」とし、信頼性に疑問を呈した。

■「戒厳令は週末に」との提案を拒否

 同地裁は尹前大統領が平日の夜に戒厳令を宣言したことが「重大なミス」だったのではないかとした。金竜顕元国防部長官が「土日の早朝」の決行を提案したが、大統領が「監査院長を弾劾するならば、そのまま行こう」と述べて拒否したという証言を引用。「(尹前大統領らは)火曜日の夜10時過ぎに国会議事堂本館でかなりの国会関係者が残業をしていた状況を正確に予想できなかったようだ」と述べた。崔載海(チェ・ジェへ)元監査院長に対する弾劾決議案は24年12月2日に提出された。

イ・ミンジュン記者、ヤン・ウンギョン記者

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