▲イラスト=UTOIMAGE

 1日、ソウル市城東区聖水洞のある酒場。夜9時になると、在韓イラン人たちが続々と到着した。店に入ってきたイラン人たちは、まるで以前からの知り合いであるかのように会うなり抱き合い、歓声を上げ、あいさつを交わした。酒場の至る所に米国・イラン・韓国・イスラエルなどの旗が掲げられ、パーレビ王朝の最後の皇太子で現在亡命中のレザ・パーレビ元皇太子の写真も飾られていた。赤ん坊を連れて一家で来た人や、大学生と見られる若者もいた。

【写真】ソウルの酒場でハメネイ氏死亡の記念パーティーを開くイラン人たち

 1時間ほどたつと、50-60人のイラン人たちで酒場はいっぱいになり、イランの音楽や歌謡曲がずっと流されていた。好きな音楽が流れるたびに、人々は声をそろえて一緒に歌ったり、肩を組んで輪になって踊ったりした。

 彼らは、米国の空爆によりこの前日、イラン最高指導者のアヤトラ・アリー・ハメネイ師(86)が死亡したというニュースを聞き、お祝いのために集まってきたのだ。イラン人のナズさん(30)は「ニュースを聞いた時、最初は信じられなかったが、事実だと知って一日中踊っていた。ここででも喜びを分かち合うためにパーティーを開くことになった」と言った。チャット・アプリ「テレグラム」を通じて拡散されたパーティーのポスターには「独裁者の没落:自由への偉大なる一歩!」と書かれていた。

 この日、酒場を訪れた別のイラン人女性Aさん(36)も「ハメネイ師が死んだと聞いた時、気分がとても良くなった。信じられなかった」と語った。Aさんは2018年に韓国に来て、会社に勤めていたが、現在は休職している。なぜ韓国に来たのかという質問に、Aさんは「ヒジャブの着用など、女性に対するイランの抑圧を避けるためだ。なぜ男性と交際するのか、なぜパーティーに行くのかなどと言われ、あらゆる抑圧に苦しんできた」と答えた。

 ハメネイ師が率いていたイランでは、数年間にわたる経済危機や、イスラム法を根拠としたさまざまな弾圧に加え、最近では大規模な反政府デモに対して流血を伴う弾圧も続いている。米タイム誌の報道によると、反政府デモで犠牲となった市民は3万人以上と推定されているという。これに対抗して、在韓イラン人もソウルでイランの政権を非難するデモを実施した。

 この日、本紙記者が会った在韓イラン人たちは、ハメネイ師の死が政権交代につながると期待している様子だった。特に、レザ・パーレビ元皇太子を次の指導者として期待する人は少なくなかった。同日午後3時ごろ、駐韓イラン大使館前で1人デモをしていたニク・キヤヌシさん(43)は「独裁が終わった後、イラン国民が選挙で共和国を選択すれば彼が大統領になるだろうし、王政を望むなら彼が王になるだろう」と言った。

 キヤヌシさんと交代で1人デモをしていたアルシン・ジャレさん(35)も「47年前にパーレビ王朝が追放されて以来、独裁が続いている。レザ・パーレビ元皇太子が戻ってこなければ、イランに民主主義をもたらすことはできないと思う」と語った。イランの国旗をパーレビ王朝時代のライオンと太陽の旗に変更すべきだという意見も出ているという。

 ただし、外国の攻撃によって政治的な急変が起こったことに対しては警戒する声もあった。イラン出身で韓国映像大学の教授コメイル・ソヘイリ氏(40)は「イランの人々は長い間、望んでいることをかなえられずに疲弊してきた。米国の介入によってでも変化があったという事実に喜びを感じるのも十分に理解できる」と言いながらも、「ミサイルが真の平和をもたらしたことはないので、懸念も大きい」と述べた。

ユン・ソンウン記者、チ・ヘジン記者、ウォン・ジョンビン記者、カン・ヘジン記者、キム・ジンヨン記者

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