▲イラスト=李撤元(イ・チョルウォン)
1970年代に通っていたソウルの小学校に、忠清道出身の子が転校してきた。先生が出席をとったところ、その子は「ウェユ?(なぜですか、の忠清道方言)」と答えた。その瞬間、教室は割れんばかりの笑い声に包まれた。それ以来、その子は「ヤ、ウェユ!」と呼ばれるようになった。ドラマ『砂時計』で俳優のチェ・ミンスが演じたテスも、子どもの頃に田舎からソウルへ転校した。初日に出席をとる先生に対し、テスは「ヤ~(はい..
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▲イラスト=李撤元(イ・チョルウォン)
1970年代に通っていたソウルの小学校に、忠清道出身の子が転校してきた。先生が出席をとったところ、その子は「ウェユ?(なぜですか、の忠清道方言)」と答えた。その瞬間、教室は割れんばかりの笑い声に包まれた。それ以来、その子は「ヤ、ウェユ!」と呼ばれるようになった。ドラマ『砂時計』で俳優のチェ・ミンスが演じたテスも、子どもの頃に田舎からソウルへ転校した。初日に出席をとる先生に対し、テスは「ヤ~(はい、の全羅道方言。ソウルでは『おい』の意)」と返事をした。先生は戸惑う。「お前、今俺に向かって『おい』と言ったのか?」という表情だった。その一件でテスは「肝の据わった転校生」と目を付けられた。このような経験をすると、方言コンプレックスが生まれる。
【図】イルベ表現と方言を区別する方法
地域的な異質感が、方言を通じて表出することもある。1990年代半ば、当時の民主党で嶺南(慶尚道)出身の党代表が、金大中(キム・デジュン)派との対立から党務を拒否したことがある。党役員たちが彼のもとを訪ねて復帰を説得した。代表は不満そうな表情で「私はあの『~イン(全羅道方言特有の語尾)』という声を聞くのが嫌で、党に行きたくないのだ」と言った。「イン」で終わる湖南(全羅道)の語調に拒否感を持っていたようだ。
ガールズグループ「RESCENE」のメンバー、ウォニがユーチューブで「ムソプノ(怖いな)」と言ったことが、「イルベ(日刊ベスト貯蔵所。極右系とされるインターネット・コミュニティー・サイト)」論争に巻き込まれた。語尾に「ノ」を付けたことが、釜山方言を使っていた故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領を揶揄するイルベ式の造語法ではないかというものだった。釜山出身の曺国(チョ・グク)前祖国革新党代表も加勢した。「イルベの連中は標準語の後ろに機械的に『ノ』を付けるが、嶺南の人間は『ムソプノ』とは言わず『ムソプナ』と使う」と主張した。すると今度は、「ワ・イリ・ムソプノ(なぜこんなに恐ろしいんだ)」のように感情を吐露する時は「ノ」を使うという反論が出た。文在寅(ムン・ジェイン)政権時代に瑞草洞での曺国守護集会に参加した曺国支持者たちが歌った、歌手カン・サネの『ワ・グラノ(なぜそんなことするんだ)』も引っ張り出された。「ワ・グレサンノ(なぜそんなことばかり言うんだ)」「ムォラ・ケサンノ(何て言ってるんだ)」など、歌詞が「ノ」だらけなのに、なぜそれは問題にしないのか―というわけだ。
いかなる釈明も無意味にするような非難も登場した。「ウォニが故郷の巨済島を言い訳にした」とか「逃げ道を作ったのだ」といった攻撃がそれだ。中世の宗教裁判官たちは、魔女と疑われる者の体に石を縛り付けて水に投げ込んだ。生きて出てくれば魔女だとして火刑に処し、溺死すれば(無実として)罪を免じた。魔女論争が起きれば、結論がどうであれ死を避けられなかったことと、今回の「方言論争」は似て見える。
社会人の20代の娘に意見を求めてみた。娘は答えの代わりに「大人が何かあるたびに敵味方を分けて戦うせいで、私たちはコーヒーを一杯飲むのも、言葉を一つ発するのも慎重になる」と言った。いつから韓国社会は、方言まで鑑別し、また鑑別される世の中になってしまったのだろうか。
金泰勲(キム・テフン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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