社会主義の別名だった「進歩」は2004年の民主労働党の議会進出以降、既存の制度圏に登場し、今の「『進歩』対『保守』」構図がつくられた。民主党が「進歩」にただ乗りするや、反対陣営も急いで「保守」の名札を付けた。それから10年以上、「『進歩』対『保守』」構図が続いた。逆説的だが、この時から「進歩」の受難が始まった。北朝鮮の人権を無視して、カーボンニュートラル(炭素中立)を行うと言い、大規模土木工事で自然を破壊する空港を推進する。反核を叫んでいた人々が北朝鮮の核兵器には見えないふりをする。公正を強調した人々が特権を受け継ぎ、平等を叫びながら貧富の格差を広げた。差別を禁止しようと言いながら、同性愛問題が出ると知らないふりをする。議席数を前面に押し出し、議会主義を絶滅させた。進歩にただ乗りした勢力が進歩の甘い汁を吸って、ボロボロにしてしまった。
「韓国型進歩」という主張もある。西欧思想を韓国の現実に適用しようとして、このようになってしまったということだ。こうした話を聞くと、日本の幾つかの風景が浮かび上がる。日本では虚構の欧州をモデルにした正体不明の近現代的な建築物が少なくない。日本人たちは「欧州よりも欧州のようだ」と自らを慰めている。世界のどこにもない進歩をつくっておきながら、「韓国型進歩」と言う人々によく似ている。