19世紀の欧州で外交官制度が生まれて以来、主権国家が外国に派遣する常駐外交使節のことを特命全権大使と呼ぶ。その名も大層な特命全権大使という肩書は「派遣国の国家元首の特命を受け、国家元首に代わって全権を行使する権限が付与された人物」を意味する。国家間で条約を締結する際に署名者として参加する人物は、自分が国家元首の代理として条約文に署名する全権を持っていることを立証する証明書を相手国に提出しなければならないが、これを全権委任状という。しかしその国に常駐する特命全権大使は、別途の全権委任状がなくとも、いつでも国家元首を代理して交渉を行い、署名をする権限を保有するものと見なされた。
こうした特命全権大使制度が生まれた理由は、当時の原始的な通信環境のせいだった。当時も、伝書バトや電信といった比較的高速の通信手段がありはしたが、秘密事項を国家元首に報告して指示を受けるためには、やむを得ずメッセンジャーが文書を持って直接本国へ通わなければならなかったので、1回の交信に数週間もの時間を要した。当時は、本国の重要な国内外情勢も、数週間後に配達される自国の新聞を受け取って初めて知っていた時代だった。だから効率的な外交交渉のためには、国家元首から交渉権限を一括委任されて活動する特命全権大使の存在が必要だった。このように特命と全権を受けて派遣された大使は、本国政府の指示や承認を長期間受けられない状況において、自らの判断と決心に基づき任務を遂行した。
しかし通信手段が高度に発達したこんにちにおいては、特命も全権も消えて久しく、特命全権大使という呼称は過去の時代の栄光を想起させる儀礼的な呼称に過ぎない。こんにち、大小の外交的判断と決定はほとんど本国政府が行い、大使や外交官らは指示された脚本に基づいて動く「俳優」となり、その役割は大幅に縮小された。大使は、重大な外交事案からさまつな行政事案に至るまで時々刻々本国政府の指示と承認を受けて活動し、重要な事案であればあるほど、ますますその傾向は強い。外交交渉や国際会議で使用される事案ごとの立場は、ほとんど本国政府が事前に作成して示達し、ことさら重要な会議や交渉の場合にあっては現地の状況が本国政府にリアルタイムで報告され、本国政府の指示も会談場にリアルタイムで伝達される。