次に、被請求人が職務執行において憲法や法律に違反したのか、被請求人の法違反行為が被請求人を罷免するほど重大なものなのかについて見ていきます。まず、訴追事由別に見ていきます。
① この事件の戒厳宣布について見ていきます。
憲法および戒厳法によると、非常戒厳宣布の実体的要件の一つは「戦時・事変またはこれに準ずる国家非常事態で敵と交戦状態にあること、社会秩序が極度にかく乱され行政および司法機能の遂行が顕著に困難な状況が現実的に発生しなければならない」ということです。
被請求人は、野党が多数の議席を占める国会の異例の弾劾訴追推進、一方的な立法権行使および予算削減の試みなどの専横により、上記のような重大な危機状況が発生したと主張しています。
被請求人の就任後、この事件の戒厳宣布前まで、国会は行政安全部(省に相当、以下同じ)長官、検事、放送通信委員会委員長、監査院長などに対して計22件の弾劾訴追案を発議しました。これは国会が弾劾訴追事由の違憲・違法性について熟考しないまま法違反の疑惑だけに基づいて弾劾審判制度を政府に対する政治的圧迫手段として利用したという憂慮を生みました。
しかし、この事件の戒厳宣布当時は検事1人および放送通信委員会の委員長に対する弾劾審判の手続きのみ進行中でした。
被請求人が、野党が一方的に通過させて問題があると主張する法律案は、被請求人が再議を要求したり公布を保留したりして、その効力が発生していない状態でした。
2025年度予算案は、24年予算を執行していたこの事件戒厳宣布当時の状況にいかなる影響を及ぼすことはできず、上記予算案に対して国会予算決算特別委員会の議決があっただけで、本会議の議決があったわけでもありません。
従って、国会の弾劾訴追、立法、予算案審議などの権限行使が、この事件の戒厳宣布当時に重大な危機状況を現実的に発生させたと見ることはできません。
国会の権限行使が違法・不当であっても憲法裁判所の弾劾審判、被請求人の法律案再議要求など、平常時の権力行使方法で対処できるので、国家緊急権の行使を正当化することはできません。
被請求人は、不正選挙疑惑を解消するためにこの事件戒厳を宣言したとも主張しています。しかし、何らかの疑惑があるというだけで、重大な危機的状況が現実的に発生したと見ることはできません。
また、中央選挙管理委員会は第22代国会議員選挙前に保安上ぜい弱な部分について大部分措置したと発表し、事前・郵便投票箱保管場所の監視カメラを24時間公開し、開票過程に手作業開票を導入するなどの対策を用意したという点においても、被請求人の主張が妥当とは見なせません。
結局、被請求人が主張する事情を全て考慮しても、被請求人の判断を客観的に正当化できるほどの危機的状況がこの事件戒厳宣布当時に存在したと見ることはできません。
憲法と戒厳法は非常戒厳宣布の実体的要件として「兵力で軍事上の必要に応じたり、公共の安寧秩序を維持したりする必要と目的があること」を求めています。
ところが被請求人が主張する国会の権限行使による国政まひ状態や不正選挙疑惑は、政治的・制度的・司法的手段を通じて解決しなければならない問題であり、兵力を動員して解決できるものではありません。
被請求人はこの事件の戒厳が野党の専横と国政の危機的状況を国民に知らせるための「警告性戒厳」または「アピール用戒厳」だと主張していますが、これは戒厳法が定めた戒厳宣布の目的ではありません。
また、被請求人は戒厳宣布にとどまらず、軍と警察を動員して国会の権限行使を妨害するなどの憲法および法律違反行為に及んだため、警告性またアピール用の戒厳という被請求人の主張を受け入れることはできません。
ということで、この事件の戒厳宣布は非常戒厳宣布の実体的要件に反するものとなります。
次に、この事件の戒厳宣布が手続き的要件を順守したかについて見てみましょう。
戒厳令の宣布および戒厳司令官の任命は閣議で審議を経なければなりません。被請求人がこの事件の戒厳を宣布する直前に、首相ならびに9人の閣僚に戒厳宣布の趣旨を簡略に説明した事実は認められます。
しかし、被請求人は戒厳司令官などこの事件の戒厳の具体的な内容を説明せず、他の構成員に意見を述べる機会を与えなかった点などを考慮すれば、この事件の戒厳宣布に関する審議が行われたと見なし難いです。
その他にも、被請求人は首相と関係閣僚が非常戒厳宣布文に副署しなかったにもかかわらず、この事件戒厳を宣布し、その施行日時、施行地域および戒厳司令官を公告せず、遅滞なく国会に通告することもなかったため、憲法および戒厳法が定めた非常戒厳宣布の手続き的要件に違反しています。