「僕たちは今も韓国から来た田舎者だという事実…」(BTSリーダー、RM)
今月17日に動画配信サービス「NETFLIX(ネットフリックス)」で公開されたBTS(防弾少年団)のドキュメンタリー映画『BTS: THE RETURN(ザ・リターン)』の予告編に収められたメンバーたちの声の中で、彼らの出発点が最も集約されている表現だ。全世界で1億人というARMY(アーミー、BTSのファン)を抱え、「K-POPの王」という称号を得るまで、BTSは数え切れないほどの「涙にぬれたパン」をのみ込まなければならなかった。
2013年6月13日、BTSのデビューは見栄えのしないものだった。彼らの代表的な形容詞は「中小芸能事務所が作った『泥のスプーン』グループ」。韓国語で泥のスプーンとは低所得層出身者を指す。所属事務所BIGHIT MUSIC(ビッグヒット・ミュージック)は当時、K-POPのヒット作曲家パン・シヒョク氏が設立した芸能事務所で、「一時的な期待」は集めたものの、韓国の3大音楽プロダクション(SMエンターテインメント・JYPエンターテインメント・YGエンターテインメント)に食い込むどころか、2012年のガールズグループGLAM(グラム)をはじめとする同事務所所属のグループはどれも振るわなかった。BTSはデビューアルバム『2 COOL 4 SKOOL』で10代ならではの勢いあるラップと卓越したダンスパフォーマンスで批評家から高い評価を受け、同年末の音楽授賞式で新人賞を受賞したが、韓国での音楽配信の成績は下位にとどまった。「10代への抑圧と偏見を防ぐ少年たち」という意味のグループ名は「今は人気を得るためにこんな名前までつけるんだね」と嘲笑された。
翌年、BTSがデビュー1年で米国進出を決めた時も、業界では「前例のない無謀な試み」と評された。2014年、BTSが米ロサンゼルスの観光名所マダム・タッソー館前で自分たちの公演チラシを自ら配っていた様子は、当時「辺境から来た外国人グループ」扱いされていた彼らの知名度をよく表している。ウェスト・ハリウッドのライブ会場「トルバドール」で行われる自分たちの北米初公演をPRするため、全メンバーが客の呼び込みまでしてチケットを無料で配ったが、会場にはわずか200人しか集まらなかった。同年、メンバーが出演したMnetのバラエティー番組『防弾少年団のアメリカンハッスルライフ』には、メンバーが米国で名前を知ってもらうために自らアルバイトをする様子まで収められている。ファンたちはこの番組を『BTS版 人間劇場』と呼んでいる。『人間劇場』は韓国で長年放送されているドキュメンタリー番組のことだ。