1970年3月に初めて開催された東西ドイツ首脳会談において、西ドイツのブラント首相(当時)は「東西の自由な往来と人権の保障を実現した上での関係発展がわれわれの目的だ」と冒頭からくぎを刺した。ブラント首相は東ドイツとの良好な関係や交流を掲げるいわゆる「東方外交」を進める一方で、人権に関してはそれを「目的」であり「目標」と明言したのだ。1972年12月に東西ドイツ間で締結された基本条約にも当然のことながら「人権の保護」が項目として取り上げられていた。西ドイツは1983-84年に東ドイツに19億5000万マルク(約600億円)の借款を約束し、その一方で東ドイツに対し国境に設置した機関銃を撤去するよう要求した。これに対して韓国では金大中(キム・デジュン)大統領、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領、そして今の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の3人の進歩系(リベラル、左派)大統領はこれまで4回南北首脳会談を行ったが、その際「人権」や「自由」という言葉は1回も使わず口にもしなかった。西ドイツとは対照的だ。

 韓国統一研究院が発行した『北朝鮮人権白書』(2018年度版)には脱北者の証言として「2017年2月、北朝鮮の黄海南道で韓国のテレビ番組の録画を視聴し広めた容疑で20人以上の住民が銃殺された」「2012年12月、黄海南道の朝鮮人民軍第4軍団の作戦部長が『強盛大国などいつになったら実現するのか』と述べたことを理由に銃殺された」「南韓(韓国)の家族と電話で話した住民たちが次々と政治犯収容所に送り込まれた」などの記載がある。これらは脱北者団体の一方的な主張ではない。今や北朝鮮は「社会主義封建制」を経て「社会主義奴隷制」の段階に到達したとまで言われるようになった。

 韓国統一部(省に相当、以下同じ)は昨日「今月末に北朝鮮人権財団の事務所を閉鎖する」と発表した。財団の発足が2年以上先送りされ、月6300万ウォン(約640万円)の事務所家賃が無駄になっているのがその理由だという。財団は2016年に北朝鮮人権法が成立した際に設立するはずだったが、理事の人選を巡って与野党が対立したため今も正式に発足できていない。

 統一部は「財団が発足すればただちに事務所を開設する」とコメントした。しかし北朝鮮の人権問題に対する今の政府の対応を見ていると、今後財団を設立する作業に真剣に取り組むとは思えない。韓国外交部でも北朝鮮人権大使のポストは文在寅(ムン・ジェイン)政権発足後はずっと空席状態が続いている。国家人権委員会の北朝鮮人権担当の部署もその規模が大幅に縮小された。北朝鮮を刺激しないためだそうだ。

 米国の歴代大統領は北朝鮮の人権問題に大きな関心を払ってきた。北朝鮮の政治犯収容所の惨状を告発したビデオ映像を見たブッシュ大統領と出席者が全員涙を流したというエピソードも伝えられている。ただ最近は米国の大統領も交代し、北朝鮮に対する考え方も変わったようだ。あるテレビ番組で司会者がトランプ大統領に北朝鮮の人権問題について質問すると「金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長はタフガイだ」「他の人間も悪いことをたくさんやった」などと述べた。「金正恩氏は殺人者ではないのか」との質問にも「彼が誰かは関心がない」と言った。「孤立無援」とはまさに今の北朝鮮住民が置かれた立場を表現する言葉だ。

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