▲京畿道平沢市内を走るタクシー。運転席に防護板が設置されている。防護板は酔客による暴力を防ぐためのものだが、「犯罪者扱いするのか」と乗客に抗議されることを恐れ、設置を嫌がる運転手もいる。写真=イ・ギウ記者

 ソウル市内で個人タクシーをしているキム・チュンガンさん(63)は数カ月前の未明、酒に酔った40代の男性を乗せた。目的地である京畿道平沢市内に向かう途中、この乗客は「用を足したい」と車を降りると言い出した。「走行中なので難しい」と答えたところ、乗客は運転していたキムさんに向かってカバンを振り回した。このため、バックミラーが壊れただけでなく、バッグの中にあった焼酎の瓶の破片でキムさんの額が切れた。やっとのことで車を止められたものの、まかり間違えば大事故につながる恐れがあった。キムさんは「被害が大きくないという理由で加害者の乗客は逮捕されなかった。運転手に対する暴行は事実上の『殺人未遂』なのに処罰が軽すぎる」と憤っている。

 タクシー運転手に対する暴行が相次いでいる。今年4月、ソウル市恩平区のあるマンション近くで70代の運転手が目的地をめぐり30代の男に殴られて死亡した。5月にはソウル市西大門区で60代の運転手が酔った20代の男に殴られて意識不明に陥った。警察庁は「バス・タクシー運転手に対して暴力を振るって検挙された人数は2015-17年の3年間で9251人に達する」としている。一日平均8人という計算になる。

 運転手に対する暴力が後を断たない原因の1つに、加害者に対する処罰が軽い傾向にあることが挙げられている。法律上、タクシー・バス運転手に対する暴行は特定犯罪加重処罰法が適用され、単なる暴行より重い5年以下の懲役または2000万ウォン(約200万円)の罰金に処せられる。しかし、実際に厳罰に処せられるケースは多くない。警察関係者は「道路の真ん中で運転中の運転手を殴るなどのケースを除けば、実質的に脅威を受けた程度がそれほど大きくないと判断され、逮捕にまでは至らないことが多い」と話す。加害者と和解したり、停車中に暴行が発生したりした場合は単純な暴行が適用されるケースが多い。逮捕率は0.7-1%程度だ。

 処罰が軽いため、タクシー運転手は通報をためらう。事情聴取を受けるために警察署に出入りすることで運転ができなくなり、収入が減るからだ。タクシー運転手のウンさん(51)は「酔った乗客に顔を殴られて警察に通報したが、乗客は一方的な暴行ではなく互いに殴り合ったと主張、双方が罰金を30万ウォン(約3万円)ずつ科せられた。今は通報したことを後悔している」と言った。タクシー運転手チェ・ヨンソンさん(66)は「処罰が軽いのに、警察署に出入するため会社に売上金を渡すのが難しくなってしまうことから、運転手たちは通報をためらう」と語った。

 こうしたことから、運転手を守るために運転席を取り囲むプラスチック製の防護板を設置するべきだとの声が上がっている。海外の場合を見ると、オーストラリアでは防護板設置が法で義務付けられており、日本では全タクシーの約70%に設置されている。英国や米国でも大都市を中心に義務付けられている。

 韓国の場合を見ると、バスでは2006年からの防護板設置が義務付けられているが、タクシーは費用負担などを理由にタクシー会社が反発し、義務化対象から除外されている。設置するには、タクシー運転手が自ら設置費用約30万ウォン(約3万円)を負担しなければならない。

 タクシー運転手たちも防護板の設置を嫌がっている。乗客が「犯罪者扱いするのか」「料金支払いに不便だ」などと抗議することが多いからだ。タクシー団体関係者は「暴行事件が発生すると防護板を設置する運転手が多少は増えるが、しばらく経つと乗客の評判を気にして防護板を外してしまうことも多い」と言った。京畿道は15年から防護板の設置費用支援事業を行っているが、同道内のタクシー約3万6000台のうち、防護板を設置しているのは約2000台にとどまっている。

 韓国道路交通公団のパク・ムヒョク教授は「防護板は乗客の暴力から運転手を守ることができる唯一の選択肢だ。タクシー会社と自治体の間で合意をすることにより早期に関連予算を導入、設置を義務付けなければならない」と話している。

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