「いつか、君がノーベル賞の受賞者に決まったというニュースをぜひ聞きたいね」。冠廷李鍾煥教育財団の李鍾煥(イ・ジョンファン)理事長は財団の奨学生に会うたび、このような言葉をかけて成功を祈る。理事長が「ノーベル賞」を口にして回るので実務者の側も、奨学生と会うときの最高のあいさつは「ノーベル賞取ってください」だ。

 このごろの奨学金は、成績優秀者よりも家庭の事情が困難な学生に優先配分される。それが奨学金の本来の趣旨にかなっている、という見解も多い。だが李鍾煥理事長が設立した奨学財団は、徹底して能力と実力中心で運営される。ノーベル賞を取る世界トップの人材を育てようという目標で立ち上げた財団だからだ。「アインシュタインやビル・ゲイツのような、世界的な人物を輩出しよう」というわけだ。貧しい学生を支援するのは国が税金でやるべき福祉の領域、と感じる。

 李理事長は60年前にプラスチックや電子製品の中心素材を生産する三栄化学を設立し、稼いだ金でアジア最大の奨学財団を作った。彼の別名は「ジャージャー麺会長」、「大のけちん坊」だ。昼食時、ジャージャー麺や数千ウォン(数百円)程度のペッパン(定食)を好んで食べる。海外旅行のときも、体の状態がまるで良くないときだけビジネスクラスに乗り、普段はエコノミークラスを利用してきた吝嗇家だ。そうまでして惜しんで稼いだ金を、ほとんど全て奨学財団に注いだ。「カネを稼ぐ上では天使のようにはできなかったけれども、カネを使う上では天使のようにやりたい」と、2002年に私財3000億ウォン(現在のレートで約277億円、以下同じ)を快く投じ、これまでに財産の97%を超える1兆ウォン(約925億円)を出資した。

 1923年生まれの李理事長は、日帝植民地時代に日本の大学へ留学し、学徒兵として連れて行かれた。ソ連と満州の国境地帯でマイナス46度の極寒の中、凍傷にかかった足で地団太を踏み、国を失った悲しみをかみしめた。彼は、国が滅んだのは科学を知らなかったからだと考えた。彼の科学強国への執念が、ノーベル賞への念願と人材に対する投資へと発展した。李鍾煥財団の奨学生の比率は、科学系列が80%に達する。事実上の科学奨学財団だ。国の生死は科学に懸かっているという考えが込められた。「日本より多くのノーベル賞を取る国になるとき、胸の奥のわだかまりが解けるんじゃないか」と語った。ノーベル賞受賞者の輩出を人生最大の目標に定め、奨学事業を行って来た李理事長が、いっそ「韓国版ノーベル賞」を作りたいという。2022年から毎年5つの分野で、賞金の総額は75億ウォン(約6億9400万円)にもなる。ノーベル賞より賞金が多い。

 科学の目的がノーベル賞ということはあり得ない。ノーベル賞より多くの賞金をかけて、韓国の科学が発展するものでもないだろう。しかし96歳の老実業家の生涯の願いも同然の、「科学立国」という執念には頭が下がる。

ホーム TOP