「脱北者すら、ビラ散布は北朝鮮住民に知る権利を保障するわけではないと証言している」。これは、韓国与党が対北ビラ禁止法(南北関係発展法改正)案を強行処理した翌日(12月15日)、韓国統一部(省に相当)が本法についての説明資料だとして配った内容の一部だ。北朝鮮出身者である記者は、目を疑った。北にいるとき、対北ビラと一緒に飛んできたラジオを通して外の世界のニュースに接し、脱北まで決心した当事者として、統一部の主張はうそだということを知っているからだ。民間対北ビラの「元祖」と呼ばれる李民馥(イ・ミンボク)対北風船団長も「私がビラを飛ばすのは、北でビラを見て脱北したからだ」と何度も証言してきた。大多数の脱北者の考えは、これと大きく異ならない。太永浩(テ・ヨンホ)議員も「南北が手を取り合って北朝鮮住民の目と耳、五感を二重、三重に遮断した」と批判した。

 統一部の説明資料は、従来の常識に反するこじつけにまみれていた。「ビラ散布が北朝鮮の人権を改善するという証拠はない」という主張もその一つだ。その根拠を見てみると「(ビラ散布は)むしろ北朝鮮当局の社会統制強化で北朝鮮住民の人権を悪化させる逆効果ばかり引き起こす」と書いてあった。この論理の通りであれば、北朝鮮当局の統制強化を誘発する行為は全て禁止して当然だ。例えば、北朝鮮当局がこのところ取り締まりに血眼になっているKポップや韓流ドラマの流入も、統制強化を誘発しかねないので制作を自粛しろというのだろうか。

 統一部は、この法律が「金与正(キム・ヨジョン)下命法」だという指摘に対しても「歪曲(わいきょく)」だと腹を立てた。今年6月4日に「(ビラ散布を)阻止させる法律でも作れ」という金与正の談話があったから協調したわけではなく、2008年の第18代国会のころから推進してきた結果だという主張だ。12年の熟成の末に結実を見たという趣旨だが、事情を知っている人間なら同意し難い。暴言と呪詛(じゅそ)でつづられた金与正の談話が6月4日に『労働新聞』を通して公開されたとき、当惑していた統一部の官僚らの姿が目に浮かぶ。談話からわずか4時間後、統一部の報道官は予定にもなかったブリーフィングを自ら要請し、対北ビラ禁止法を準備していると発表した。与党議員らは、先を争うように「百害無益なビラに断固対応したい」と言いだした。その結果物が、今回国会を通過した対北ビラ禁止法だ。12年の熟成を経たものではなく、反対世論を意識して12年間ためらっていた法律を、金与正の一言で一挙に制定した-とみても無理はない。だから「金与正下命法」と呼ぶのだ。

 統一部は「ビラ禁止法に賛成する接境地域住民らの見解文」なる資料も随時配布している。この法律は「接境地域国民の生命保護のための措置」だという主張を後押ししようというのが狙いだ。もちろん、かつて一部の団体が風向きも良くない日に公にビラを飛ばし、北朝鮮を刺激したことはある。だがこうした行動は警察官職務執行法など、既存の法律でも十分に防ぐことができる。ビラ散布を大本から禁止して表現の自由まで侵害するようなことではない。この法律の最大の被害者は、外部のニュースを望む北朝鮮住民になるだろう。

キム・ミョンソン記者

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