▲国家安保戦略研究院のリ・イルギュ責任研究委員・元駐キューバ北朝鮮大使館政治参事

 昨年7月、韓国のマスコミ各社が集中的に取り上げた事件があった。キューバ駐在北朝鮮大使館の政治参事で、大韓民国に亡命した北朝鮮外交官の脱北事件だった。その主人公が私、リ・イルギュだ。

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 私が大韓民国の地を踏んだのは2023年11月の平凡なある日、機内でも空港でも誰にも私の存在が気付かれないように、こっそりと秘密裏に入国した。数カ月間の調査を終えた後、社会に出た。あれほど渇望していた自由を得たが、50歳を過ぎた年齢で新しい人生を生きるということは言うほど決して簡単なことではなかった。

 閉鎖された全体主義国家で生まれ、洗脳教育と強要された忠誠心の捕虜として半生以上を生きてきた私としては、自由民主主義体制の全てが不慣れなだけだった。海外留学、外交部(日本の省庁に相当)や大使館勤務など数十年間にわたって外交官として海外で暮らしながら資本主義システムを体験。自分なりに自由民主主義に対する理解が一般の北朝鮮住民よりもはるかに高いと自負していたが、大韓民国で過ごした日々は私のこの考えがどれほど愚かであるかを現実として教えてくれた。

 私は1972年に平壌で生まれた。それなりに成功していた両親のおかげで12歳にはアルジェリアで、18歳からはキューバで、ほぼ5年間留学した。父が権力争いの犠牲により失脚し、家門は完全に傾いた。私は95年、平壌外国語大学に入学した。

 1995年は北朝鮮で「苦難の行軍」という試練が始まった年で、私は本当に苦労して大学に通った。北朝鮮のエリートの子どもたちだけが通うという数少ない名門大学である平壌外国語大学に通うということは決して容易な過程ではなかったが、それでも苦労して大学に通いながら多くのことを経験することができたため、大学を卒業した後に就職した北朝鮮外務省での挫折が少なくて済んだようだ。ほとんどが幹部の息子、娘、婿などからなる外務省で私が挫折せずに今日まで耐えられたのは、崩壊した家庭を建て直し、幸せな未来を作らなければならないという覚悟があったからだと思う。

 就職初日から冬の暖房用石炭を車に積み込む作業に駆り出され、数年間はほとんど使い走りに近い生活をした。同期と後輩たちが先に昇進し、海外に派遣されるのを見て心痛い思いをしたが、黙々と耐え忍んだ。こうした困難な過程を経た私は、2009年から地域政策局でキューバ問題を専門に担当する「責任部員(課長級)」として対外活動を展開する外交官となった。

 2011年9月、駐キューバ北朝鮮大使館3等書記官(対外職級1等書記官)に任命され、任期の4年4カ月間にわたって武器の不法輸送を行ったが、パナマに抑留された北朝鮮船舶「清川江号」事件を担当して勝訴する輝かしい成果も挙げたことで、「金正恩(キム・ジョンウン)表彰状」も受賞した。帰国後は外務省1局(政策総合局)課長に続き、アフリカ・アラブ・ラテンアメリカ局の副局長に任命され、北朝鮮の対ラテンアメリカ外交を総括した。

 この間、キューバの大統領や副大統領の訪朝を現場で指揮し、金正恩氏にも会うことができた。金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長、崔竜海(チェ・リョンヘ)労働党組織秘書、朴泰成(パク・テソン)労働党科学教育秘書(当時)、李容浩(リ・ヨンホ)北朝鮮外相(当時)ら高官の海外訪問も主管し、同行した。2019年3月、私は駐キューバ北朝鮮大使館政治参事兼党細胞秘書(北朝鮮の最下位党組織の責任者)に任命され、23年11月の脱北直前までの4年8カ月にわたり、韓国とキューバの国交正常化の阻止、北朝鮮とキューバ血盟の維持・強化など、さまざまな業務を担当。23年に半生以上を過ごした北朝鮮を離れることを決め、辛うじて脱北に成功した。

 私が脱北した理由はいろいろあるが、最も大きな理由は不平等な北朝鮮社会に対する失望と未来に対する悲観からだ。北朝鮮に残っていれば昇進の一途をたどることもできたが、いつどんな理由で不利益を被るか分からない綱渡りの人生をこれ以上生きたくはなかった。

 大韓民国に来て1年間生活してみて残念に思うことは、もっと早く自由を選択していたらどんなに良かったことだろうかということだ。それでも北朝鮮に残った私の同僚と知人のことを思うと、私は恵まれていると思う。彼らにも人間の尊厳と自由、民主主義が保障された立派な社会で幸せに暮らせるその日が一刻も早く訪れるように、私の小さな努力でも加えたい思いだ。

 「23年以上、北朝鮮の外交官として勤務しながら得た経験を基に、コラムを書こうと思う。北朝鮮が行う措置の内幕と国際社会における北朝鮮に対する評価などについて、正確な実状を知らせることに焦点を置くつもりだ。また、過去に北朝鮮で発生したさまざまな事件の背景や真実などについても、修正していく役割を果たそうと思う。

リ・イルギュ国家安保戦略研究院責任研究委員・元キューバ駐在北朝鮮大使館政治参事

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