■金大法院長、林部長判事に「聴聞会助けてほしい」
複数の裁判所関係者によると、金大法院長は17年、本人の国会人事聴聞会前後に司法研修院の2年後輩である林部長判事に助けを求めた。「国会での任命動議案通過のため、親交がある野党議員と接触し、説得してほしい」という趣旨だった。林部長判事はその願いを聞き入れた。
梁承泰前大法院長の下で働いていた当時の李敏杰(イ・ミンゴル)法院行政処企画調整室長も金大法院長の国会任命動議案通過のため、多数の野党議員と接触した。裁判所長出身の弁護士は「金大法院長はA部長判事にも電話し、『野党議員を説得してほしい』と言ったと聞いている」と話した。行政処審議官(ヒラ検事)も総動員されたという。
■就任後に「血の粛清」
金大法院長は任命動議案が国会を通過した17年9月21日夜、行政処判事のほぼ全員(30人余り)が集まった会食の席で、「自分が大法院長になれば血の粛清、人事の嵐が起きるという指摘があったが、決してそんなことはない」と述べた。
ところが、1カ月余り後の11月1日、金大法院長は裁判所長への発令が有力視されていた李敏杰・法院行政処企画調整室長を裁判から外し、「司法研究」部署へと左遷した。当時裁判所内では「血の粛清が始まった」との声が聞かれた。金大法院長は2日後の11月3日、梁承泰前大法院長の任期中に起きたとされる「司法介入」に対する第2次調査を指示。翌18年1月には第3次調査を指示した。金大法院長は18年初め、司法研修院で開かれた高裁部長判事の研修でも「私と考えが異なるならば、裁判所を出ていけ」と発言したという。